東京高等裁判所 平成元年(行ケ)96号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。
1 成立に争いない甲第二号証(本願発明の特許出願公開公報)及び第三号証(昭和六一年一〇月七日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、左記のような記載があることが認められる(別紙図面一参照)。
(一) 技術的課題(目的)
電子手段によつてピアノを演奏するには、強力なソレノイドでピアノのソフト演奏機構及びサステイン演奏機構を作動させる必要があるが、そのためにはソレノイドに大電流を流さねばならず、電力を著しく消費する(公報第二頁右上欄第二行ないし第七行)。この問題点を解決するために種々の試みがなされているが、満足すべきものは存しない(同頁右上欄第一〇行ないし左下欄第八行)。
本願発明の課題は、右問題点の解決手段を提供することに存する。
(二) 構成
前記問題点を解決するため、本願発明はその要旨とする構成を採用したものである(手続補正書第二頁第二行ないし第四頁末行)。
右構成は、要するに、ソレノイドに全電圧を印加する時間を短時間(ただし、ソレノイドの移動行程を完了する時間よりは長い時間)のみとし、その後は印加電圧を減少させるものである。これは、ソレノイドが作動指令を受けた時にタイマを始動し、タイマが時間切れした後は、ソレノイドを保持位置に保つ衝撃係数にセツトされた波形に従つて、ソレノイド作動指令信号をオンにしたりオフにしたりすることによつて達成し得る(公報第二頁左下欄第八行ないし第一七行)。
別紙図面一によつてこれを説明するに、図3の発振器25によつて与えられる発振エネルギは、アイソレーシヨン増幅器26を経て、回路に供給される(同第三頁右下欄第一行ないし第三行)。
図4の4Aは、発振器25からゲートされる波形であつて、同図は五〇%の衝撃係数で例示されており、五〇%の時間中、信号がオンであることを意味する。4Bは、ペダルラツチ回路18Lからのソレノイド指令信号(ソフトソレノイド指令信号、あるいは、サステインソレノイド指令信号)であつて、ソレノイドオン/オフ指令信号を意味する。4Cは、タイマの出力である。4Dは、ソレノイド駆動信号であつて、初めの部分はソレノイドに全電力を与えるが、後ろの部分は4Aの五〇%の衝撃係数のゲート波形であるため、電力が五〇%減少されることを示す(同第三頁右下欄第五行ないし第一八行)。
図3に示されているように、ソフトペダルオン/オフ指令チヤンネルの回路とサステインオン/オフ指令チヤンネルの回路は同じものであつて、各々が独立したタイミング回路を有する(同第三頁右下欄第一九行ないし第四頁左上欄第三行)。
発振器25の出力は4Aの波形を有し、アイソレーシヨン増幅器26を経て、ソフトチヤンネルナンドゲート41及びサステインチヤンネルナンドゲート42へそれぞれ印加される。ソフトチヤンネルナンドゲート41及びサステインチヤンネルナンドゲート42に対する、第二の入力は、ライン4Bのソフトペダルオン/オフ指令信号と、ライン4Bのサステインペダルオン/オフ指令信号である(同第四頁左上欄第五行ないし第一三行)。
ライン4B及びライン4Bの指令信号は、トリガ入力としてワンシヨツトマルチバイブレータ回路43及び44へそれぞれ印加されるが、各回路は、時間をセツトするタイミング回路R1及びC1を有する。キヤパシタC2は、ライン4Bのソフトペダルオン/オフ指令信号の先縁からスパイク電圧を与え、これがタイマの動作をスタートさせ、その出力は低状態にセツトされるので、これはナンドゲート27(「ナンドゲート72」とあるのは、「ナンドゲート27」の誤りと認められる。以下同じ)への入力中、低状態の入力である。ナンドゲート27への他の入力はタイマの入力であるが、これは、タイマ43の出力の低状態がゲートを通過することによつて低状態が存在するために禁止される。R1及びC1によつてセツトされた時間が経過するや否や、タイマ43の出力が高状態になつて4Aのゲート波形をナンドゲート41へゲートするから、ナンドゲート41の出力には4Dの波形が発生することになる(同第四頁左上欄第一五行ないし右上欄第一三行)。
発振器25から発振されるゲート波形の周波数は、ソレノイドの脈動を防ぐに足りるほど高いもの、すなわち三〇ないし四〇サイクル以上である(同第四頁右上欄第一五行ないし第一八行)。
全電力の時間は、ソレノイドが完全に引つ張られるに十分な時間にセツトされるが、一般型の自動ピアノに用いられるサステインペダル及びソフトペダルのソレノイドにおいては、この全電力の時間は約一四〇ミリ秒である(同第四頁左下欄第三行ないし第八行)。
(三) 作用効果
本願発明によれば、自動ピアノ装置の電子回路にある発振器を用いて波形をゲートすることができ、かつ、他の部品を電子論理回路板にマウントできるので、経済的であり(同第二頁左下欄第一七行ないし第二〇行)、タイマ43及び44の時間を変えることによつて、全電力の時間を容易に調整できる(同第四頁右上欄第一四行及び第一五行)。
ゲート波形の衝撃係数は、〇%ないし一〇〇%の電力をソレノイドに印加するように調整でき、全電力の時間は、オン状態タイミング抵抗R1及びキヤパシタC1によつてT=0.28×R1×C1の関係で決定される(同第四頁右上欄第一九行ないし左下欄第三行)。
2 一方、引用例1に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例1記載の発明が審決認定の四点において相違することは、原告も認めて争わないところである。
3 原告は、審決は相違点<1>、<3>及び<4>の判断に当たつて引用例2に記載されている技術内容を誤認していると主張する。
そこで、成立に争いない甲第五号証によつて引用例2に記載されている技術的事項を検討するに、引用例2記載の発明は名称を「電磁石回路」とするものであつて(第一頁左下欄第三行)、電磁石の動作の初期段階においては多大の電力を供給する必要があるが、電磁石の可動部を所定の位置に保持するために初期の電力をそのまま供給すると、電力を多く消費するのみならず発熱によつて電磁石が焼損することを従来技術の問題点として把握し、電磁石の動作の初期段階においては大きな電力を供給して電磁石の可動部を迅速に所定の位置まで移動させ、電磁石の可動部を保持する段階では供給電力を低減して発熱を抑え消費電力を少なくすることを課題とし(同頁左下欄第一三行ないし右下欄第四行)、右課題を解決するために、入力信号によりワン・シヨツト・マルチバイブレータを駆動するが、ワン・シヨツト・マルチバイブレータのパルス出力の立下がりによつて発振器を駆動し、この発振器の出力と前記ワン・シヨツト・マルチバイブレータの出力をOR回路に印加することによつて、制御用トランジスタを通して電磁石の供給電力を制御する構成を採用したものと認められる(同頁左下欄第五行ないし第一一行。別紙図面二参照)。すなわち、入力端子Vから電磁石Fに直流電圧が印加されると、電磁石Fに流れる電源は第2図bに示されているように徐々に増加し、ある程度増加すると可動部が電磁石の磁力によつて磁極に向かつて吸引され移動を始め、可動部の移動によつて電磁石の磁力を妨げるような磁力が発生して電磁石に流れる電流が次第に減少するが、電磁石と可動部が吸着すると磁気回路が飽和して電磁石に流れる電流は電源最終値に向かつて再び上昇を始める(第一頁右下欄第一三行ないし第二頁左上欄第八行)。そこで、入力端子Aに第2図aに示されているような電圧を印加しておき、第2図bに示されている立上がりエツジをトリガパルスとして第2図cに示されているt時間(スイツチが閉じてから、可動部が電磁石に吸着するまでの時間)にわたるパルスを発生するワン・シヨツト・マルチバイブレータBを駆動することによつて、OR回路D及び制御用トランジスタEを通じ電磁石Fに初期動作用の電力を供給し(第二頁左上欄第九行及び第一〇行、同欄第一四行ないし右上欄第三行)、次いで、ワン・シヨツト・マルチバイブレータBの立下がりエツジによつて第2図dに示されているような波形を出力するパルス発振器Cを駆動させ、OR回路D及び制御用トランジスタEを通じ電磁石Fに可動部の保持用電力として「パルス状の電力」を供給し、第2図aに示されている立下がりエツジによつてパルス発振器Cの作動を停止させる結果、電磁石Fには、第2図eに示されているような波形の電力が供給されるというものである(第二頁右上欄第四行ないし第一三行、同頁左上欄第一二行、同頁右上欄第一七行)。
4 そうすると、引用例2には、本願発明がその技術的思想の核心としている「ソレノイドに全電圧を短時間(然してソレノイドの移動行程を完了できるに足る時間よりは長い時間)だけ保持しそしてこの印加電圧を減少する」、すなわち、「ソレノイドが作動指令を受けた時にタイマを始動しそしてタイマが時間切れした時に、ソレノイドを保持位置に保つ衝撃係数にセツトされた波形に従つてソレノイド作動指令信号をオンにしたりオフにしたりする」(前掲甲第二号証の第二頁左下欄第八行ないし第一六行)との構成が、明快に開示されているということができる。
すなわち、別紙図面二の第2図cに示されているパルス幅(t時間)はワン・シヨツト・マルチバイブレータの出力波形であるが、これは電子回路定数によつてあらかじめ設定し得るものであるから、引用例2に記載されている発明が、ソレノイド指令信号によるワン・シヨツト・マルチバイブレータをタイマ(すなわち、全電力を供給すべき時間を計時する部材)として用いていることは明らかである。また、引用例2に記載されている発明を実施するに当たつては、同引用例には必ずしも明示されていないが、t時間内は全電力を供給するがt時間経過後は所望のパルス状の電力を供給する論理回路等の部材が必要であることは、技術的に自明の事項というべきである。
そして、本願発明あるいは引用例2記載の発明において、ソレノイドに全電力を供給すべき時間の数値は、対象とする物の構成に即して、技術水準に基づき、必要ならば実験結果を参照することによつて、適宜に設定すべき(そして、当業者ならば容易になし得る)設計事項と考えられる。
ところで、原告が審決の相違点<1>の判断の誤りとしている主張するところは、本願発明の「論理回路、タイミング回路、平均エネルギを減少するように制御する手段」の構成自体が特徴的なものであるというのではなく、要するに本願発明において各ソレノイドに全電力を供給すべき時間の数値、すなわち、本願発明が要旨とする「サステインペダル用ソレノイド(あるいは、ソフトペダル用ソレノイド)を十分作動するに足りる所定時間」あるいは「所定の時間インターバル」(両者は表現を異にしているが、同一の概念を示すものであることは明らかである。)は、発明が対象とする電子ピアノのペダル系に固有の動特性に応じて設定される特徴的な数値であつて、本願発明の「論理回路、タイミング回路、平均エネルギを減少するように制御する手段」は、右の特徴的な数値である「所定時間」あるいは「所定の時間インターバル」を計時して、供給する電力を全電力からパルス状の電力へ切り替えるためにこそ必須の構成であるということに帰着する。
しかしながら、対象とする物が固有の動特性を有するならば、右固有の動特性を加味した上でソレノイドに全電力を供給すべき時間の数値を設定するのが当然であつて、そのようなことは、当業者ならば通常行つている設計事項の範囲に属すると考えざるを得ない(念のため付言するに、本願発明の要旨には、右「所定時間」あるいは「所定の時間インターバル」がいかなる根拠に基づいて設定される数値であるかについての事項が何ら含まれていないことは、前記のとおりである。のみならず、本願明細書の発明の詳細な説明においても、各ソレノイドに全電力を供給すべき時間の数値については、「一般型の自動ピアノに用いられるサステイン及びソフトペダル型のソレノイドに対してはこの全電力の時間が約一四〇ミリ秒である」旨が記載されているにすぎないのであるから(前掲甲第二号証の第四頁左下欄第五行ないし第八行)、本願発明が要旨とする「所定時間」あるいは「所定の時間インターバル」が、当業者であつても容易に設定し得ないような特徴的な数値であると認めることはできない。)。
以上のとおり、引用例2に記載されている技術的事項に基づいて、自動ピアノにおけるサステインペダル用ソレノイド及びソフトペダル用ソレノイドに全電力を供給すべき時間の数値を求めた上、各ペダルが踏み込まれた時点からタイマによつて各所定時間を計時し、論理回路によつて、各所定時間内は各ソレノイドに全電力を供給するが、各所定時間経過後は各ソレノイドを吸着位置に保持するに足りるパルス状の電力を供給するとの構成を得ることは、当業者ならば容易であつたと考えるほかないから、審決の相違点<1>の判断に、誤りはない。
5 なお、原告は審決の相違点<3>及び<4>の判断の誤りをも主張する。
しかしながら、二つの部材に電力を供給する必要がある場合その電源を共通にすることは当然に想到し得る事項であるし、そのような構成を採用することによつて奏されるであろう作用効果も、当業者ならば容易に予測し得た範囲の事項と考えられる。
また、ソレノイドを吸着位置に保持するためのパルス状電力の周波数の数値は、対象とする物、及び、消費電力の節減量をどの程度とするかに応じて、適宜に設定し得る設計事項にすぎないというべきである。現に、本願明細書には、ソレノイドを吸着位置に保持するためのパルス状電力の周波数の数値については「発振器25からのゲート波形の周波数はソレノイドの脈動を防ぐに足りる高いものであり、即ち三〇乃至四〇サイクル以上であり」と記載されているにすぎないのであるから(前掲甲第二号証の第四頁右上欄第一五行ないし第一八行)、本願発明が要旨とする「三〇Hz以上の所定のパルス繰返数」が、適宜に設定し得る、幅を有する概念であることは明らかである。
したがつて、審決の相違点<3>及び<4>の判断にも、誤りはない。
6 以上のとおりであるから、本願発明は引用例1及び引用例2に記載されている技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であつて、審決に原告主張の違法は存しない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
ソレノイド作動式のソフトペダル及びサステインペダルと、
前記サステインペダル用ソレノイドに接続されて、該ソレノイドに供給される電圧を制御する第一トランジスタスイツチと、
前記ソフトペダル用ソレノイドに接続された第二トランジスタスイツチと、
前記各トランジスタスイツチ用のオン・オフ信号源とを有して成る電子ピアノにおいて、
a 前記オン信号をオン・オフ信号源から前記第一トランジスタスイツチに印加して、前記サステインペダル用ソレノイドを十分作動するに足る所定時間、これをオンにしておくための論理回路と、
b 前記オン信号をオン・オフ信号源から前記第二トランジスタスイツチに印加して、前記ソフトペダル用ソレノイドを十分作動するに足る所定時間、これをオンにしておくための論理回路と、
c 前記オン・オフ信号源からサステインペダル用ソレノイドの前記オン信号を受けるように接続され、このオン信号によるオン設定に続いて所定の時間インターバルを開始する、サステインペダル用ソレノイドのタイミング回路と、
d 前記オン・オフ信号源からソフトペダル用ソレノイドの前記オン信号を受けるように接続され、このオン信号源によるオン設定に続いて所定の時間インターバルを開始する、ソフトペダル用ソレノイドのタイミング回路と、
e 三〇Hz以上の所定のパルス繰返数及び所定のパルス幅を持つた、周期パルスの一つの共通の源と、
f 前記サステインペダル用ソレノイドのタイミング回路により決定された所定の時間インターバルの後に、前記第一トランジスタスイツチ手段に前記一つの共通の源から周期パルスを供給し、前記サステインペダル用ソレノイドが完全に働いた後、オン信号が存在する限り、前記サステインペダル用ソレノイドの作動を持続するのに十分なエネルギレベルへと、前記サステインペダル用ソレノイドに供給する平均エネルギを減少するように、前記サステインペダル用ソレノイドの論理回路により制御される手段と、
g 前記ソフトペダル用ソレノイドのタイミング回路により決定された所定の時間インターバルの後に、前記第二トランジスタスイツチ手段に前記一つの共通の源から周期パルスを供給し、前記ソフトペダル用ソレノイドが完全に働いた後、オン信号が存在する限り、前記ソフトペダル用ソレノイドの作動を持続するのに十分なエネルギレベルへと、前記ソフトペダル用ソレノイドに供給する平均エネルギを減少するように、前記ソフトペダル用ソレノイドの論理回路により制御される手段と
を備えていることを特徴とする、電子ピアノ(別紙図面一参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面一
<省略>
<省略>
別紙図面二
<省略>